卒部式のひと言 2025年3月卒部

●石寺咲月
 川本先生をはじめ、吉田監督、蓮沼先生、真弓さん、4年間ご指導いただきありがとうございました。優れた競技結果を残すことはできませんでしたが、陸上競技を通して社会の繋がりを学んだり、自分との向き合い方を学んだり、人として大きく成長できた4年間になりました。
この部活を辞めようかなと思ったとき、何度かこのgraduation dayを読んだので、そんな人にも届いたらいいなと思って文章を書きます。最後の試合が終わったときに走るの楽しいって思えたことも、福大陸上部で走れて良かったって思えた気持ちも、4年間色々乗り越えてきたんだから楽しかったって思わないとやってられないよって気持ちも、どちらも私の正直な気持ちです。それでも、自分がしてきた選択を正解にしてきた自信はあります。
個人的には、部活動を辞めることは悪いことじゃないと思います。17人ではじまったこの学年も卒業時には13人になりました。でもこの4人は私の中で居なかったことにはならないし、それぞれが次に向かって生活を続けています。見方によっては、続けることを正解ぶってるのに、中途半端に走ってるお前らの方が不正解なんじゃないの?って思われるかもしれません。だから、この活動を続ける選択をしても辞める選択をしても、その選択を正解にする行動を続けていってほしいなと思います。
私は最高学年になってやっと、自分のやりたいことめいっぱいやって、自分のために走って、自分のために必死になれて、陸上競技と向き合う時間が楽しくなりました。最後にちょっとだけ頑張ってみるって選択をできたことで、次にやるべきことも見えてきて、最後まで駆け抜けることができました。あそこで頑張ろうと思えた自分と、そう思えるまで引っ張りあげてくれたみんなに感謝しています。私の大学生活を語る上で、色々あったけどという接頭辞を外すことはできないけれど、総合的に見たときに、4年間走り抜けられたことは大きな財産になりました。楽しかったです。みんなのおかげです。ありがとうございました。みなさんがどんな選択をしても、晴れ晴れしく自分の生活を続けられることを願っています。この先もみんなのいい顔を見れるのが楽しみです。陸上競技、楽しんで!!


●大石英貴
  まずは、吉田監督を始め、4年間ご指導くださった方々に改めて御礼申し上げます。先生方のご指導のおかげで、私はこの4年間で競技者として、人として、大きく成長する事が出来ました。
 私は福島大学陸上競技部で多くの事を学びました。その中でも1番身をもって感じたことは「立場や責任が人を変える」ということです。1年生の頃はなんの責任もなく、何も考えずに練習やウエイトルームの掃除などの雑用をしていました。しかし、学年が上がるにつれて立場であったり、責任の重さが変わってきます。今振り返ると1、2、3、4年生それぞれでしかできないことがあったように思えます。特に4年生は最上級生として大会時の指示出しや各委員会での仕事の最終確認など責任が大きい仕事が多いです。私は面倒ごとが嫌いなので、正直に言ってやりたくなかったです。しかし、立場上やらなければならないため、面倒でもその仕事に向き合って取り組みました。その経験があったからこそ人として大きく成長することができたと感じています。その為、面倒な仕事だとしても、それをあえて自分を成長されるためのチャンスだと捉えて仕事に取り組んでいってもらいたいと私は伝えたいです。
 最後に私は福島大学陸上競技部が好きでした。陸上競技自体はたまに心から好きとは言えない時もありました(特にステージアップのセット間)。それでも毎日楽しく練習に取り組めたのは頼りになる先輩方や面白い後輩たち、そして愛すべき同期みんなのおかげです。この場をお借りしてお礼申し上げます。本当にありがとうございました。また、どこかで会えることを楽しみにしています。


●大友万杏子
  初めに、吉田監督、4年間ご指導いただきありがとうございました。科学的な知識を用いたり、監督の経験談も参考にしながら練習に励むことができ、充実した競技人生を送れました。また、蓮沼先生も会うたびにお話いただき、とても嬉しかったです。ありがとうございました。
 私が陸上を始めたのは中学生の時で、約10年間陸上競技を続けることができました。その中でも大学時代は、どちらかと言うと苦しい4年間だったと思います。怪我が多く、思うように走れない期間が長かったですが、その中でも「いいときは誰だっていい、ダメな時にどうするか」という言葉を忘れずに練習を行っていました。調子が良いときは何をしても体が勝手に動いてくれると思います。しかし、怪我をした時、思うような結果を残せない時、どうしてもネガティブな気持ちになりがちです。その「ダメな時」こそ成長するチャンスだと思います。監督が以前、全ての物事には必ず理由があるとおっしゃっていましたがまさにその通りで、怪我をするのも体が思うように動いてくれないのも何か原因があるからだと思います。後輩のみなさんは、ダメな時こそその原因を見つけるために、競技に、そして自分に素直に向き合うことで成長の糧にし、良い競技人生を送ってほしいと思います。
4年生のみんなは、帰りが遅くなることや怪我のことなどたくさん気にかけてくれたり、また、気さくに話してくれたことがとても嬉しかったです。4年間、ありがとうございました。


●小泉宗士
 吉田監督、木次谷先生、4年間ご指導いただきありがとうございました。競技面でも精神面でも未熟だった私が、ここまで成長することができました。感謝の気持ちでいっぱいです。蓮沼先生、私たちの学年のコースアドバイザーということもあり、温かく見守ってくださり、本当にありがとうございました。
高校3年時、新型コロナウイルス感染症により、全国インターハイ、国体をはじめ、当たり前のように開催されていた大会が次々と中止になりました。全国インターハイの代替大会が開催されたものの、結果は記録なし。本当は高校で終わりにしようと思っていた棒高跳でしたが、満足のいく結果を残すことができなかったため、大学でも競技を続けようと考えました。なぜ福島大学に進学を決めたかというと、川本先生が監督を務める陸上競技部の存在が大きかったからです。福島大学陸上競技部は競技力が高く、厳しい環境であると聞いていたため、陸上競技を続けるなら精神的にも強くなりたいと思い、福島大学を選びました。
入部当初は、まるで軍隊に入るような気持ちで毎日練習に通っていました。(2つ上の先輩Rさんの影響もありますが……)。そんなある日の練習の集合の際に、川本先生が「中高生は練習しておけばそれなりに強くなれるが、大学生はそうはいかない」とお話しされていました。(内容がうろ覚えですが……)。当時の私はこの言葉の意味を理解できず、「とりあえず出されたメニューをこなせば強くなれるだろう」と思っていました。
1・2年時は自己ベストが出ず、3年時は5m01を跳べたものの記録が安定せず、初の全日本インカレは記録なし。ここまで来て、川本先生の言葉の意味がなんとなく分かり、自分には考える力が足りなかったのだと気づきました。大学の3年間を振り返り、全日本インカレで勝つためには、主将としてチームを率いていくためにはどうすればいいかを強く考えるようになりました。最終的にすべての目標を達成することはできませんでしたが、5m22の東北・北日本学生記録を跳ぶことができたのは、この過程があったからこそだと思います。
ここまでの話を通して、みんなに伝えたいのは、目標をしっかり持ち、それを達成するために何が必要かを必死に考え、実行することの大切さです。全中、インターハイ、全カレと各カテゴリーの全国大会に出場し、さまざまなタイプの選手を見てきましたが、結果を残す人たちに共通して感じられたのは、「徹底的に勝つためにはどうすればいいかを考えている」という点でした。みんなも当然、目標を立てて考えながら陸上競技に取り組んでいることと思います。しかし、まだまだ考えられることはあるはずです。
藤野副主将の話にもあったように、ここまで陸上競技に打ち込めるのも大学が最後という人の方が多いです。考えることに終わりはありません。集大成として結果を出せるように、考え抜いて実行してほしいと思います。その先にはきっと、良い未来があるはずです。みんなの活躍を期待しています。
福島大学陸上競技部に入部し、最終的には主将とももりんダッシュNO.1の学生代表を務め、5m22を跳ぶこともできました。精神的にも競技的にも未熟だった私が、ここまで成長することができたのは、棒高跳を通じたすべての出会いのおかげです。
大学生活で掲げたすべての目標を達成することはできませんでしたが、この4年間は私にとって大きな財産となりました。本当にありがとうございました。


●越田みずき
  4年間の福島大学陸上競技部の活動を無事に走り抜くことができました。ご指導いただいた、川本先生はじめ、二瓶先生、吉田監督、蓮沼先生、4年間本当にありがとうございました。振り返ってみると長いようで短かった4年間の大学生活でしたが、そのほとんどを陸上部に費やしてきたといっても過言ではありません。それほど密な時間を陸上部で過ごすことができました。
 私は選手として入部し、主務を兼任させていただき、最終的にはマネージャーという形で卒部しました。こんなにコロコロ立場が変わった部員は、歴代を探してもなかなかいないと思います。入部当初は、レベルの高い環境で練習できるということに期待で胸膨らませ、毎日厳しい練習ではあったものの充実した日々を過ごしていました。ですが次第に、怪我や周りのレベルについていけない悔しさ、主務として責任感のある仕事などといったたくさんの試練が襲い、逃げ出したくなる時も沢山ありました。4年になり、最上級生としての自覚も芽生え始めた頃にはもう卒部が迫っており、本当にあっという間の4年間でした。
 この部活を通して、学んだこととして「環境や立場が人を変える」ということです。
 競技部なので、勝負の世界で戦う厳しさももちろん目の当たりにしましたが、私はこの組織に所属して、人間性を高めることができたと思います。福島大学陸上競技部は部則や上下関係も厳しく、決して緩い環境ではありませんでした。ですが、そのような環境だからこそ、多くのことを学ぶことができました。また、立場の面からみると、この部活は学年ごとに役割りが代わり、上の学年になるにつれて責任も伴ってきます。私が3つの役割りを経験して学んだこととして、誰一人として欠けてもチームは成り立たないということです。川本先生や吉田監督からはよく、「部活という組織は車と同じ。監督が運転手、主将がハンドル、主務がエンジン、選手がタイヤ。」という例えで組織運営について説いていただきました。この言葉の意味を深く胸に刻み、卒業後も積極的に社会という組織の中で生かしていこうと思いました。
 そして、これらは今までのOB・OGの方々が、守ってきてくれた伝統があるからこそ成り立つものだと思っています。これからは自分がOGとして、学んだことを将来に十分発揮し、繋いでいきたいと思います。後輩たちには、これまでの伝統を引き継ぎつつ、自分たちの時代らしい新たな風を吹かせられるような組織を作り上げて欲しいです。入部したと思ったら本当に一瞬で過ぎ去っていくので、悔いのない4年間を過ごして欲しいと思います。
4年間本当にお世話になりました。


●木幡遥香
 川本先生をはじめ、吉田監督、蓮沼先生、木次谷先生には大変お世話になりました。なんとか4年間を最後まで駆け抜けることができました。
 この4年間、正直辛いことが多かったです。1年生の冬季練習をブロック1人で乗り越えたり、なかなか記録が伸びない中自分で練習を考えて行ったりと、元々陸上を続けるつもりではなかったこともあり、なぜ自分が陸上競技をやっているのかわからなくなり、やめたいと思うことが数多くありました。それでも4年間、最後まで頑張り続けることができたのは、同学年のみんなが頑張っているからということも当然ありますが、私にとって1番大きな存在は投混ブロックの後輩たちです。私が1年生のときは、ブロックには各学年に1人ずつの計4名しかおらず、冬には引退、退部等様々な理由から実質私1人でした。なので、倖子、神山、米澤が投混ブロックにきてくれたときは本当に嬉しかったし、先輩としてこれからも頑張ろうと思えました。そこからさらに小方と本庄、小島も仲間に加わり7名にまで増えました。本当に嬉しくて過去の投混ブロックのLINEグループに報告までしたくらいです。仲間と一緒にする練習は楽しいし、頑張ろうと思えるきっかけになるし、力がつきます。仲間と共に練習ができたり、競い合えることは必ずしも当たり前ではないと思います。なので、皆さんにはこの今ある環境に、感謝とまでは言いませんが、有り難みを感じてこれからも戦っていって欲しいなと思います。
 そして、皆さんに1番伝えたいことは、なんでも"とりあえずやってみる"ということです。私はこの4年間このことを意識して陸上競技を続けてきました。私は、木幡は真面目だね、頑張ってて偉いねと言われることが多かったです。ですが、そんな私だって今日練習行きたくないなとか、なんかやる気出ないななんて思う日はしょっちゅうありました。でもズル休みはすることなく、とりあえず行こう、とりあえずこれやってみようと地道にコツコツと練習をしてきました。そのおかげで最後に東北インカレで優勝するなど結果に繋げることができました。なので皆さんにも、"とりあえずやってみる"ということを頭の片隅に入れておいて欲しいなと思います。
4月からは大玉村の小学校で講師として勤務します。1年間は確実に県北にいるので何かあれば呼んでください!(笑)
4年間ありがとうございました!


●坂下想太
 卒部式の機会を設けてくださった皆さん、ありがとうございます。
川本先生をはじめ、吉田監督、蓮沼先生には大変お世話になりました。4年間ありがとうございました。
僕が4年間を通じて感じたことは、何事もなんとかなるということです。大学1年のときに病気を患い、一時は陸上競技から離れ、部を辞めようと考えていました。そんなときに川本先生から「また戻ってこよう」というお話をいただき、吉田監督や蓮沼先生、部の仲間たちの支えもあり、なんとか戻ってくることができました。病気で陸上どころではありませんでしたが、皆さんの支えがありながら競技に復帰して試合で戦えるようになりました。ありがとうございました。
ラインオンキングにハクナマタタという言葉があります。ハクナマタタはどうにかなる、くよくよするなという意味です。後輩の皆さん、これから様々な壁が立ちはだかると思いますが、ハクナマタタという言葉を胸に、壁に屈することなく立ち向かって欲しいです。なんとかなります。応援しています!


●谷口亜美
  吉田監督、4年間本当にお世話になりました。4年間とは思えないほど多くのご迷惑をおかけしました。申し訳ございません。どんな時でも真摯に向き合ってくださりありがとうございました。吉田監督からいただいた言葉の数々、しっかりと覚えています。吉田監督に救っていただいた分、今度は私が吉田監督の役に立ちたいところですが、まだまだ役に立てそうもありません。いつその時が来ても大丈夫なよう、常にまわりの方のことを考え役に立ち準備しておきます。その時がきたらご連絡ください。待っています。4年間ありがとうございました。
 蓮沼先生、他学類の私を1年生の頃から気にかけてくださりありがとうございました。競技場だけでなく、学内のどんな場所でも会えた時には必ず声をかけてくださり嬉しかったです。ちゃんとお話しする機会はあまりありませんでしたが、運良く出会えた時の数分間の小話、毎回とても楽しかったです。次会った時には仕事の話ができるようにしておきます。楽しみにしててください。4年間お世話になりました。
 部員の皆さん、あまりにも参加率の低い私を最後まで陸上部の一員として仲間にいれてくれてありがとうございました。皆さんのおかげで、大学生活たくさんの思い出ができました。これからもたくさんの思い出をつくらせてください。皆さんのことを陰ながら応援しています。
 最後に、川本先生、入部するか悩んでいる時に背中を押してくださりありがとうございました。先生の期待にお応えできるような結果は残せませんでしたが、充実した4年間を過ごすことができました。本当に感謝しています。ありがとうございました。
 たくさんの方々に支えられ、無事に卒業することができました。支えてくれた方々、本当にありがとうございました。


●利根川輝
 まずは、吉田監督をはじめ4年間ご指導くださった方々に感謝申し上げます。
僕からはみんなに2点伝えたいです。まずは、目標は高く持ってほしいということ。今の自分からかけ離れていても躊躇わずにその目標を持ってほしいです。頑張りは目標に見合ったものになります。僕自身それを4年目で痛感しました。3年目までも自分の中で精一杯頑張っているつもりでした。しかし、4年目で明確に全日本インカレ出場という目標をもち、それに見合った取り組みとは何なのを考え実行することで、練習の質は確実に向上しました。今の自分は精一杯頑張っていると思っていても、気持ちの持ちようでまだまだ頑張れる余地はあるのだということを実感しました。
もう一つは競技を楽しんでほしいということです。練習ではきついことも多々あると思います。しかし、きつさの中にも楽しさを見出してほしいです。僕は中距離なのでステージアップを例に出すと、体感的としてあと1、2本で終わりそうなタイミング。もう本当にスタートラインに立つことが心の底から嫌になります。ただ、そのような時でも嫌な気持ちになると同時にわくわくもしてくるんです。自分でもなぜこのような気持ちが湧いてくるのか完全に理解できていないのですが、おそらく、競り合うことが好きなのでそこに楽しさを見出しているのだと思います。楽しいと思うタイミングは人それぞれなので一概には言えないですが、きつい練習が多々あり、試合でも必ずしも良い結果を得られるとは限らない陸上競技も、自分がやりたいからやっている、楽しいからやっているをベースに取り組んでほしいです。
少し長くなってしまいましだが、兎にも角にも僕はみんなの活躍を本当に楽しみにしています!
春からは仙台で会社員をします。競技は細々と続けるつもりなのでもしかしたら競技場で顔を合わせることがあるかもしれません。その時はみんなの競技で僕を熱くさせてください!


●平原蒼汰
 まず、川本先生、吉田監督、木次谷先生、蓮沼先生、二瓶先生、菊田先生、4年間大変お世話になりました。時にはご迷惑をおかけしてしまうこともありましたが、多くのことを学ばせて頂きました。競技の面はもちろんのこと、それ以外の面についても少しずつ成長することができたと思います。深く感謝申し上げます。
福島大学陸上競技部での4年間でお陰様で40cm自己記録を伸ばすことができたわけですが、その内訳を見ると2年に1度、20cmずつという結果でした。本当は毎年更新したい気持ちもありましたが、自己記録を出すためには足りない部分が多く、思うようなパフォーマンスが出ない時期が長く続きました。記録が出ない現実に耐えなければならず、周りが記録を伸ばす中で焦りや置いていかれている感覚を覚えたこともありました。しかしながら、性格上切り替えが早いことや、焦ったり力んだりすると返ってうまくいかないことを知っていたこともありそのような気持ちは割り切って「今はまだ自己記録を出すにふさわしい時ではない」と考え、目の前の練習に全力を注ぐことができました。今までの経験がなければできなかった考え方で、改めてこれまでの短い陸上競技人生の集大成のような4年間だったと感じました。
今後は故郷・千葉県の職員として、千葉のために役割を果たしていく所存です。福島大学陸上競技部でチームのために動いた経験を活かしながら、千葉県に微力ながら力を注げたらなと思います。
後輩の皆さんには今を大事に、悔いの残らない学生陸上にしてほしいと思います。陸上でも陸上以外でも活躍を願っています。ありがとうございました。


●藤野夢
 今回このような素敵な場を設けていただき、ありがとうございます。また、川本先生をはじめ、吉田監督、蓮沼先生、二瓶先生、たくさんの先生方にお世話になりました。本当にありがとうございました。
 私の4年間を振り返ってみると、波乱万丈な4年間だったと思います。私は、全日本インカレ入賞という目標を達成するために、陸上の強豪校である福島大学に入学しました。ですが陸上部に入って早々、様々な挫折を経験し、辞めたいと思うことが多々ありました。そんな時私はいつも蓮沼先生に泣きついては、悩みを話していました。蓮沼先生はいつも親身に話を聞いてくださり、藤野が陸上を大好きな気持ちは絶対に無駄にしてはいけない、みんな藤野が頑張っていること知っているよ。と言ってくださったことを覚えています。それ以降、大好きな陸上と向き合うことができ、今の私がいると思っています。本当にありがとうございました。
 私の陸上生活の転機となったきっかけがあったのですが、それは郷右近美優ちゃんと福嶋唯花ちゃんが陸上部に入ってきてくれたことです。高校の時から仲が良く、こんな2人と3年間一緒に陸上をすることができて本当に幸せでした。この2人がいたからこそ、最後まで諦めずに走り切れたのだと思います。2人にとっては学生最後の陸上、この2人ならもっともっと強くなれると信じています。
 吉田監督には、競技者としても人としても大きく成長させてくれました。いつも真っ直ぐ向き合ってくださり、たくさんのお言葉をいただきました。真っ直ぐ向き合ってくださったからこそ、自分を見つめる機会が増え、陸上に対しての気持ちを高めることができたと思っています。特に4年生時の全日本インカレに向けて行った練習はとても楽しく、全力で取り組むことができました。正直、私がもっと強ければ、速ければ、吉田監督に恩返しをすることができたのではないかと思うと悔しい気持ちでいっぱいです。吉田監督のご指導があったからこそ、私は最後の最後まで貪欲に大好きな陸上と向き合うことができました。本当にありがとうございました。
 最後に後輩たちに伝えたいことは、妥協をしないでほしいということです。私は福島大学陸上競技部に、全日本インカレ入賞を目標に入部しました。ですが、徐々に自分に妥協する部分が増えていきました。また怪我が多かったため、このくらいでいいやという気持ちも少なからずありました。もっと陸上競技を全力で突き詰めることができたならもっと強くなれたのかな、と思うことは今ではあります。大学の4年間はとても短いです。人生であと数年しかできない陸上を、妥協せず全力で向き合って頑張ってほしいと思っています。今でもみんなは強いですが、更に強くなると思っています。今年は全日本インカレが6月にあるということもあり、今から気持ちを強く持っていく必要があるため、妥協せず自分の陸上と全力で向き合ってほしいです。
 4月からは、宮城県の中学校教員として勤務します。みんなの頑張りをいつまでも応援しています。4年間本当にありがとうございました。


●三浦健太郎
  まずは、吉田監督をはじめ蓮沼先生、菊田先生、4年間ご指導いただきありがとうございました。スポ科でない上に浪人生というなかで、先輩、後輩、同期との競技レベルの差に苦しむことも多くありましたが、皆と変わらずにご指導いただいたことに感謝しています。
 さて、この4年間を振り返ると、練習が辛くて寮から遠回りをして競技場に通っていた1年生から始まり、2年生は幾分練習に耐えられるようになり、記録もどんどん伸びた年でした。3年生は、自己ベストを出した年であるとともに、同じ砂場で練習していた仲間との別れも多くあった年でした。4年生は、最上級生としてチームのこと、跳躍ブロックのみんなのことなど自分以外のことを考える機会が最も多かった年であり、陸上競技のことがより一層好きになった年になったと思います。
 在校生のみんなに伝えたいこととしては、目的を忘れずに突き進んでほしいということです。どんなに練習が辛くても、寂しいことがあっても、陸上をする目的を忘れなければ耐えることができます。ときには立ち止まったり、仲間を頼ったりすることもあると思います。それでも、この4年間で自身の目的は達成して引退してほしいです。
 4月からは、東京都の特別支援学校の教員として勤務します。未知の世界に飛び込む不安はありますが、みんなもきっと何かしら不安を抱えながら陸上をしていると思います。それぞれの場所でお互い頑張りましょう。
 4年間ありがとうございました。


●湯田周平
 お久しぶりです。大学院1年の湯田です。3月に卒業式をして、4月に入学式をして陸上部に戻ってきました。最近は、大学院での競技や研究をしながら、同期のみんなは元気かなと思って過ごしています。
 4年間を振り返るとあっという間に終わっていった感覚です。入試で初めてきた福島、雪が残っててこんな寒いところなのだとびっくりしました。引っ越してきたその日に見学行き、当時の棒高跳のI先輩に両手を広げて、「ようこそ!」と言われた記憶も残っています。競技の面では、1年目は全く記録も出ず、怪我も多い中で悔しさと何故?という不思議な感覚がありました。2年目でも記録は0.01秒の更新、あれだけ練習してこれだけかと思ってしまうのが普通ですが、僕の中ではとても嬉しかったです。同期や仲間に支えられながら、苦しい時間を乗り越えられたと思っており、感謝しています。
3.4年目ではシーズン序盤に怪我もありましたが、やっと10秒台や21秒台が出せたり、リレーで徐々にタイムを伸ばしていけたり収穫も大きかったです。
 そして、大学院生活のスタートして、2年間チャンスがあります。今までの経験や同期のみんなも頑張っていると思うので、それを糧に目標に向かっていきたいです。皆さんこれからも、よろしくお願いいたします。