卒部式のひと言 2017年3月卒部

●照内 颯
4年間楽しいことも嬉しい事もたくさんありましたが、苦しい事、辛い事の方がたくさんありました。苦しい時期もありましたが、その時何が大きかったかと言うと、みんなの存在が1番でした。特に先輩の方の存在が大きくて、自分の憧れ、目標がいたからこそ耐えられた、頑張ることができたと思います。 1、2、3年生の後輩、特に短長ブロックは辛い練習を毎日こなしていると思います。僕も吐いたり、倒れたりしながらも4年間やってこれました。特に三浦には破天荒な4年生を3年生1人でサポートしてくれて感謝しています。マイルメンバーには、エースとして まさか自分がエースとして引っ張らせていただけたが、そんな存在になれたかはわかりませんが、結果が出なくても自分の中でレース1つ1つが楽しく走れました。特に最後のレースではてっぺんをとることができて満足しています。 4年でキャプテンを1年やらせていただきましたが、方向性がさだまらない、走る姿で引っ張ろうと思ったが、全カレに出ていない、自己ベストも出せなかったですが、そんな中でも『照内さん』と言ってくれて、後輩がついてきてくれたおかげでやり通すことができました。 1番大きかったのは同級生の存在です。正面からぶつかってギクシャクしたこともありました。しかし、今振り返ってみると楽しかったことしか思い浮かびませんし、思い出にひたるほどこの学年が何やかんや好きでした。自分がキャプテンになってからはこうしようということが自分からはできなく、人に強く言えないキャラで他の人たちに助けてもらってばかりでした。福島大のキャプテンと言ったら雲の上の存在であり、最初はどうしようかな、どういうチームを目指せばいいのだろうと考え、あの先輩がこうだったからこうしてみようという自分らしさがない先輩を追うだけでフラフラしてしまい、後輩にこれがキャプテンだというのを見せられなくて申し訳なかったです。そういう自分から何か学んでくれたらいいなと思っています。楽しい事よりも辛い事の方が多かったですが、話してみると楽しい事しか思い浮かばないです。会った人を大切にしてほしいです。もちろんその中には合わない人もいると思いますが、会った意味があると思うので、1人1人が大切な存在で意味がある存在だと思います。福島大学の伝統を崩したと言わせてしまって申し訳ないですが、これからは精一杯生きていこうと思います。福島県内に就職をして郡山に住む予定です。ちょくちょくみんなに会いに行こうと思います。ありがとうございました。


青木 成美
3年前の卒部式に前で立って話していた先輩がかっこよくて、卒部式の度に2年後、1年後、自分もかっこよくなりたいと思ってやってきました。そして、この場で出た言葉が皆さんに伝えたいことです。高校1年生の東北総体で、太ももにテーピングを巻いてでも力強い跳躍をした選手がいました。その方が五十嵐麻央さんでした。麻央さんを目指して高校3年間頑張りましたが、結果追い越すことはできませんでした。これでは終わりたくない、麻央さんに勝ちたい、追い越したい、自己ベストを超したいと思って福島大学に来ました。しかし、一度も勝つことも自己ベストを超すこともできず、その姿を後輩に見せることができず、悔しく謝らなければいけません。高校時代は勉強の付属品のようなものとして陸上をやってきましたが、福島大学に来て練習していく中で、チームで闘うことの楽しさや難しさなどを知ることができました。壁にぶつかってもやり続けることに意味があります。小さな努力を続けることで大きな結果になって自分に返ってきます。毎日メニューが出るのにワクワクドキドキして、「今日はセット走か、つらいな。」など思ったり、練習中に吐いたりもしました。どんなにつらいことも笑いに変えて頑張れたことが自分の糧になっています。それはいつまでも自分の心に残っていると思います。皆さんには、どんなことがあっても真正面からぶつかり合って成長していってほしいです。そして、先生方には本当に感謝しています。キャプテンとしての役目を果たすことができず、それだけが心に残っています。1年生から言われていたことができず、それが4年生になって結果として表れたのだと思います。先生方から教えていただいたことを活かして新しい道で頑張っていきます。本当に4年間ありがとうございました


安部 遥香
川本先生、二瓶先生、真希子さん、皆さん本当にありがとうございました。私が1年生の時に、4年生の卒部式をみてから今になるまであっという間だったと感じます。大学にはいるまでは、全国大会で活躍するような選手ではありませんでした。そして、1年生の時は怪我をして、補強やタイムとりの毎日で、辛いことばかりでした。そんな時に周りの同学年がいたからこそここまで来れたのだと思います。今までは自信がなくて、目標も低かったです。自分は、陸上競技場で走っている姿を見ていることが好きで、日本選手権だけでなく世界大会もあまりテレビで見たことがなく、陸上が好きというよりは、走ることが好きというだけでここまできていたのだと感じました。しかし、福島で行われた日本選手権をみて、自分もここに立ちたいと思いました。そして、自信がなくて臆病な私に対するその年の冬季での「安部もマイルを走るよ。」という新宮さんの言葉が心に響き、初めて「走りたい」という気持ちではなく「勝ちたい」と思うことができるようになりました。今までは、「1つ上の先輩を勝たせたい!連覇を途切らせたくない!」と思ってはいたが、なかなか行動には移しきれていませんでいた。それから、練習への取り組み方が変わりました。怪我に気をつけて練習をして行くことができるようになり、初のマイルでも伝統を守ることができました。この年に初めて日本インカレという場で走ったあのワクワク感は今でも忘れられません。この4年間で気づいたことは、万全の準備と余裕が必要だということです。この中には怪我をしている人、これから怪我をしてしまう人も出てくると思うけど、チャンスが来るまで焦らずにスタンバイすることが大切だと思います。期待ではないが何か変われるとこがあるといますう。人は輝こうと思えばいつでも輝けるということを覚えていてほしいです。今まで辞めたいと思ったことはなかったが、4年間大好きな陸上を続けられたのは、先生の厳しくも今となっては愛されていたなと思える言葉があったからです。これからは人を支えられる人間になりたいと思います。今まで本当にありがとうございました。



小野 莉奈
4年間振り返ってみると、納会でも話しましたが、日本一になりたくて大学に入りました。1年生の頃は、憧れていた大学に入れてわくわくする気持ちでしたが、結局高校から入学するまでの自己管理ができていなくて、走れなくてつらい時期があり、1年を棒に振ってしまいました。しかし、先生方はそういう自分でもしっかりと指導してくださりました。そして初めて出た日本選手権では、悔しい思いをしたので先生と絶対痩せて速くなろうと約束しました。2年生になって、絶対に全カレで優勝してやろうという気持ちで練習しましたが、2年、3年4年では全カレで入賞はできましたが、日本一にはなれませんでした。今理由を考えてみると、努力と言葉だけで、頑張っているつもりでも全然頑張っていませんでした。日本一になるには死ぬ間際で練習していると、東邦銀行の方々と一緒に練習していて感じました。そう思うと、私は、4年間本当に頑張ってきたかというと自信をもって努力してきたとは言えません。でも、福島大での先生方のお話や人として大切な事や色々なイベントを通じての経験は力になりました。後輩のみんなは先生方の話を聞いているとは思うが、その話から行動できる人になってほしいです。社会人に大切な事はやっぱり先生方が今までおっしゃってくださった事が大切だということを研修で痛感しました。今はまだわからないかもしれないが、陸上だけでなく、1人の人として、社会人として何が大切かということを考えて、行動してほしいです。これから私は東邦銀行の陸上部で社会人でも陸上を続けていくので、これからも同じグラウンドで一緒に練習すると思うので、頑張りましょう。4年生とは良い思い出も悪い思い出もあるが、グラウンドに来て、同学年がいることでどれだけ頑張れるかが、最近分かりました。これからも良い関係でいたいです。4年生のみんなありがとう。川本先生は、私が自信をなくして結果が出せない時も、見捨てず、指導して下さり、本当にありがとうございました。二瓶先生は内気な私でしたが、いろいろな仕事を与えてくださったり、厳しく指導してくださり、本当にありがとうございました。菊田先生はキッズ、ジュニア塾でお世話になりました。106で卒論をやっている時に、笑顔で頑張ってねと、声をかけてくださり、頑張れました。本当にありがとうございました。真希子さんも、私が本当につらい時期にも厳しいお声をいただいて、頑張ろうと思えました。本当にありがとうございました。


後藤 美優
今でもこの場に立ってみて、改めて立つことができてうれしい。私が1年生の頃の初めての卒部式。立派な4年生の方々の姿に感動しました。私も先輩方のようにできるかと当時は不安でした。しかし、私もついにこの立場になりました。まず初めに川本先生、二瓶先生。4年間お世話になりました。私は安部と一緒に推薦でこの大学に入りました。入試の時も一緒にとんだことを今でも覚えています。まさか、同じハードルで一緒になれたことをうれしく思います。私は推薦という立場であったにもかかわらず、まったく成績を残せませんでした。何もうまくいかないことだけではなく、自分に厳しくできないという原因のなかでそれぞれつらいのにも関わらず、負けて自分から崩れていきました。2年生のシーズンでは、陸上に集中できず、余計なことを考え、自信を無くしていった結果、ミスや失敗をしてしまいネガティブになっていきました。しかし、仲間の支えがあって変わりました。3年生になってだんだんと落ち着いていき、陸上に集中できるようになっていきました。4年生のシーズンではケガで春から夏の間メニューに入れず、補強、バイク、タイムとりの日々でした。正直つらかったことが多かったが、休まず、何もできなかったが自分なりに精一杯練習に励んでいました。原もケガが長くつらかったと思うが、互いに助け合いました。まったく走れなかったラストシーズンだったが、最後に安部、吉田と1,2,3、したことは一生忘れられないと思います。いろいろあった4年間だったが、仲間には本当に助けられ、支えられました。私のことを思ってくれた仲間が沢山いました。そんな仲間に出会えて感謝しています。ひたむきに同じ方向に向かった結果、宝に出会えたと思います。本当にありがとう。みんなには陸上だけでなくほかにも様々な勉強をして、社会に役立つ人間になってほしいと思います。川本先生のご指導でつらかったことも多々ありましたが、今考えるとこれから先に役立つことが沢山あったと思います。4年間学んできたことに胸を張っていこうと思います。4月からはジョイスアスレチックというところでスイミングの指導員として働きます。陸上とは離れてしまいますが、つちかってきたことをいかし、子供から大人まで幅広く伝えていきたいと思います。後輩のみんなへ、4年間はあっという間に終わります。4年間つらいこと苦しいことが沢山あるかもしれません。しかし、1日1日が充実し、4年頑張ってよかったと思える日が来るようずっと応援しています。4年間ありがとうございました。


高橋 美香子
私が高校生の時は、県選手権までは就活をしていました。なので、大学に入る事、勉強する事は想像していませんでした。しかし、東北選手権の時、川本先生のお誘いで大学に入る事を決めました。4年間親からの支援はほとんどなくたくさんの人に支えてもらいました。買わなくても陸上部のジャージやシャツなどもらえるのは恵まれたことで本当にありがとうございました。そのほかにもごはんに誘ってくれたり、芋煮を届けてもらったり、後輩の親からプレゼントをもらって本当にうれしかったです。まだまだ考え方が子供なので、人に見てもらえると力が出ますが、人に見てもらえないと力が出せないです。ですが、みんなお母さん、お父さんのように接してくれる人がいて4年間がんばれました。4年間振り返ると、2年間走れていなくて、4年生になって人を引っ張るのに説得力がありませんでした。今まで怪我をして考えたことは、タイムとりのみじめさでした。ずっとタイムとりをしてふてくされていました。その時に後向きの気持ちになった時、先生方、二瓶先生の話で涙が出てきて、人と比べるから涙が出るんでしょと言われました。タイムを取ってるからみんなが速くなってるのがわかり、練習して成長しているみんなの姿を見て補強に力が入りませんでした。しかし、2〜3年の経験は役に立ちますし、ケガをしたのは良くないですが、自分の為になりました。1年の全カレで初めてのマイルに出たとき、その時の先輩が招集所で無口で緊張しているのかなと思っていました。しかし、緊張ではなく、トラックを見る姿勢が戦いの表情をしていて、何も言わなくてもかっこよかったです。マイルを走る前に1人の先輩が「大丈夫」と言ってくれた時はそんなかっこいい背中に憧れて、1年生ながら「勝てる」と思いました。言葉では語らなくても姿勢で語るのに私もこういう風になりたいと思いました。自分がそうなれているかはわかりませんが、みんなにも多くを語らなくてもいいような選手になってほしいです。私は実力が伴っていませんでしたが、試合、練習に臨む気持ち、意思を強く持ってください。楽な練習では強くなれません。辛い練習じゃないと強くはなれないので1日1日の練習を大切にしてほしいです。同じ学年には助けられて、楽しくて、毒舌で、この学年でよかったと思います。来年度から秋田銀行に勤めます。東北総体は見に行きます。私も人の役に立てるように頑張ります。


高野 美咲
この4年間たくさんの人に支えられてきました。大学に入って初めて歩いた東北インカレでの競歩が1番思い出に残っています。自分のために60分に渡る長丁場を応援してくれる先輩、仲間がいて思わず涙が溢れました。大学に入ってからは、「走りたいのにどうして歩いているんだろう?」、大会では「恥ずかしい」、「失格になったらどうしよう」という思いでやっている時もありました。さらに、短長と一緒に練習した時などに、足が遅すぎて二瓶先生に「一緒にスタートしなくて良いから!」と言われたことや、大学1年の時に出場した国公立駅伝で順位を落とした私に「競歩のお前が走ってくれたからこそ出場できたんだ」という川本先生の励ましの言葉が悔しくて、それをきっかけとして朝練をはじめるようになりました。強くなるために体重を減らさなければいけない、食べ物を我慢しなければいけないということがとても辛かったです。でも、家族、姉妹、高校の先生、川本先生など多くの人の支えがあったからこそ、全国で戦える選手になりたい、と思えました。振り返ってみると「もっとできたのではないか」と、私は過程に悔いが残っています。でも、本気で陸上に向き合えたことに感謝しています。時間が過ぎて行くのは本当に早いから、後輩たちには今を全力で駆け抜け、一瞬一瞬の時を大切にしてほしいです。これからは人を支えられる大人になれるように頑張ります。4月からは京都で一年研修があるので、今年の福井での全カレには応援に行きたいと思います。4年間本当にありがとうございました。


武田 聖生
こんにちは。前の人たちがいい話していて観点が違うと思いますが、原稿を用意してきたので話したいと思います。少しみんなより長く生きてきた人間としてアドバイスしたいと思います。この地で4年間過ごせたことをうれしく思います。受験に失敗して千葉から来ました。2013年は震災から3年で、夏休み等に帰ると影響あるの?と聞かれました。福島にいては震災の影響というものはなかなか気づきません。2017年夏に僕は楢葉町という町に行ってきました。行くとやっぱり影響というものが目に見えました。大熊町にも初めて行ってきました。夕方なのに暗い家、放射能土砂、交通規制、そんな状態を目の当たりにして復興はまだ進んでいないんだと思いました。何が言いたいかというと、せっかく福島に来たんだから地元に帰省した際に周りの人たちに伝えるくらいのことはできるのではないことです。東北には文化遺産、自然遺産など沢山あります。そんなことも伝えることが復興の手助けになるのではないかと思います。大学4年間で会津、あぶくま、ハワイアンズ、猪苗代、滝など素晴らしい経験をしました。しかし、そんな楽しい思い出も一人では楽しくなかったと思います。素晴らしい仲間がいたからこそだと思います。仲間といっても他人。たまには嫌な思いや、意見の食い違いが有ることもありました。しかし、それも社会人とかかわる前段階だと思い、練習を有意義なものにしてほしい。人と接することで、いやがうえでも自分の性格がわかってきます。気が合う、合わないは必ず出てきます。ただそんな人と付き合っていくのも経験値です。相性はありますから。もし、自分の性格が気になるようだったらみんなが自分のことをどう思っているか聞いてみてください。こういう点でいろいろな経験をしてきて素晴らしい経験をしたと思います。練習でも強い選手の中、レベルの高い環境の中足が遅い自分がいたこともありがたい経験でした。時には厳しい現実もありましたが、いい思い出です。今となっては大変なことが沢山あったと思います。みんなもがんばれ。しかし、時には息抜きも大事です。周りの迷惑にならない程度に息抜きもしてください。みなさんにはアウトプットのできる人間になってほしいと思います。ここは国立大で受験では暗記メイン、インプットメインの勉強が多かったと思います。今インプットする方法はたくさんあります。グーグル先生がなんでも教えてくれます。みんなには発信する能力をぜひ磨いてほしいと思います。自分から発信できないということは自信がないということだと思います。日ごろから壁を乗り越え、自信をつけていけば陸上も少しづつ成長するのではないでしょうか。4月からは千葉の柏で消防の仕事に就いて奉仕者として生活します。みんなとの縁に感謝して一生懸命生きていこうと思います。ありがとうございました。


鶴崎 大輔
4月からは山梨県の高校で1年間保健体育の講師をすることになりました。さて、話したいことは2つあります。1つ目は、人の話を聞くということです。怪我をした時など、困ったことがあったら人からアドバイスを受けましょう。アドバイスはその人を決して貶めようとして言っているわけではなく、その人のことを思って言っていることだから、意見を取り入れて、自分の力にすることが大切です。僕は4年の東北インカレの時、怪我をしていて、アドバイスを頂いていたのに全然活かすことができませんでした。どうしても自分が正しいと思ってしまうこともあるけれども、正しくないことのほうが多いので、様々な意見を取り入れるようにしましょう。2つ目は、仲間を大切にしようということです。「何故、陸上競技をしているのか。」と聞かれると以前は、強くなりたいから、好きだからと答えていたが、今では、陸上競技を通して出来た仲間が大切だからという答えになりました。怪我をしていて1人で練習するよりも皆と練習したり、一緒に話したりバカやったりしたほうが楽しかったです。ヘコんでる時に、ご飯や遊びに誘ってくれたり声をかけてくれる仲間が居たから4年間心強く過ごすことができました。陸上競技は個人競技だけど仲間のおかげで頑張ることができました。試合に勝つための理由が仲間でも良いと思うので、仲間を大切にして欲しいです。川本先生、二瓶先生、真希子さん、菊田先生4年間ありがとうございました。まだまだ未熟者で至らない点もあって何度も同じことを言われましたが、来年からは社会人として頑張っていきます。福島という何もわからない土地でのスタートでしたが、楽しむことができたのは皆のおかげです。山梨に行って皆と会う機会は少なくなってしまいますが、大会の時には、可能なら応援に行くので、頑張ってください。


原 菜月
私が福島大学の陸上部に入って良かったことがいくつかあります。まず一つ目は、生きていく上での経験値が上がったことです。ケガしたことが多くて、確かに辛かったですが、私は元々辛いことがあっても時間が経てば忘れられたので今まで辛いことがあっても何とも思わなかったが、経験値を積んで大人になりたいと思い、考え方を変え、辛い時は自分で考え、行動に移すようになりました。私は1年生の時とんでもない1年生で、私はそんなだったのかと思うと、自分なりにそうしてみて、今思えば良かったな、経験値アップに繋がったなと思いました。1年生〜3年生のころ、怪我をして壁にぶつかり、チームが壁にぶつかりするけども、1年がチームとしてとらえるのは大変だと思うが、自分の事として受け入れて、諦めたり、逃げたりしない。そしてそのことは就活に本当に生きると思います。自分で考えることの大事さを就活を通じて感じました。3年生は就活真っ只中がと思いますが、マインドマップを使っていろんなことを思い返してみて、自分の経験を自分のものにしていってほしいです。二つ目はこの仲間に出会えたことです。1年生のときは、同じブロックの照内、鶴崎が今は大好きですけど、嫌いでした。何かねちねちしてて面倒くさかったし、女子は人間関係がわちゃわちゃしてて、嫌だなと思っていました。でも、あるところでは面白い一面があり、またあるところでは弱い一面が見えて、だんだんと同学年の仲間が好きになっていきました。最後に伝えたいのは、小さなことでも挑戦することの良さです。福島から愛知に行く時にも親に反対された中で、福島に来たことも挑戦ですし、砲丸投げと円盤投げに出場してみろと言われた時はびっくりして、体が大きい人がやるイメージで、偏見で出場するのが嫌でした。しかし、いろんな人に相談して出ると決めました。砲丸投げは投げるだけでも難しいことを学び、出場したことによって仙台大の人とも話ができ、偏見が一変して、走っている人とは違う良さを知ることができました。視野が広がりました。このように、小さいことにも挑戦することで価値観が変わるのだなと思いました。春から郡山のホテルで働きますが、夢が無かったので、具体的に何をしたいのだろうと思った時に、父も復興に携わっている人で、私も福島の復興に繋がるように何かしていきたいと思います。また、先生方、これからも福島で自分のできることをやっていきたいと思っています。とんでもない1年生だった私をここまで指導してきてくださって、本当にありがとうございました。


逸見 恒太
こんにちは。まずはじめにご指導してくださった川本先生、二瓶先生、真希子さん、ありがとうございました。今ここに立って4年前と今を比べてみて成長を実感しています。1から3年生の皆さん支えてくれてありがとう。4年間を振り返ってみて、この場で何を話そうか、迷っていました。すぐ酔っ払ってしまったり、馬鹿なことをしてしまう僕を温かく見守ってくれてありがとう。ちゃんとした場であるので、何か後輩に残せないかと思っていました。まず、3年生。残りの年数でいろいろな経験をしてほしいと思います。なぜかというと、人間としての知識、引き出しが増えるからです。今は何でも携帯できる時代です。外国語や人との関わりも知識や引き出しです。その中でみんなはコミュニケーション能力を養っていき、引き出しを増やし、いろいろな経験をしていくのだと思います。例えば、女子とデートで二人で飲みに行ったとします。もしその2時間で男が陸上の話しかしなかったらどうでしょう。どう思いますか女子の皆さん!これがデートならいい話ですが、もし、上司や、先輩との付き合いだったら引き出しがないと、つまらない人間だと思われてしまいます。コミュニティが狭くなってしまうと、損をしてしまいます。だから、4年間でみんなにはいろんな経験をしてほしいと思います。真面目なことももちろん、専門の事、時には馬鹿なことも経験してください。広く、浅くでも構いません。僕はそのコミュニティのおかげで居酒屋で少しサービスしてもらったりと、人生が少しでもプラスになったことがあります。くだらないことでもいいのです。好き嫌いもあるかもしれません。しかし、それも経験です。いろいろな経験をして、グレードアップしていってください。特に先生を目指す人は、震災を受けた浜通りの支援を経験してみてほしいです。楢葉町の子供たちと一緒に授業に参加したことがあったけど、6年経った今でもあまり変わっていませんでした。同じ福島でも全く違うんです。車は大きいトラックがたくさん通り、作業着を着た人があちこちにいます。木は無いし、高台に行くと、何もない景色が広がります。みんなにはこれからたくさん時間があるから、いろんな経験をしていってほしい。3年生に向けて、就活、採用試験が始まると思います。僕が経験して思ったことは、失敗した時に慌てないことです。小学校の採用試験でピアノの実技があって、毎日ピアノを練習しました。わざわざ後輩の家に行って練習しにも行きました。本番、かなり緊張して、すごく練習したのに途中で止まってしまいました。10秒くらいたって、もうやるしかないと思って、そこにいる人に大きい声で、ピアノを忘れてしまったので歌わさせていただきます。と言って歌いました。陸上にも同じことが言えると思います。ピンチの場面があると思うけど、あがいていい方向にもっていって行けるかもしれないということを頭の片隅に置いといてください。僕はこの春から山形の小学校で勤務します。4年間学んだこと、みんなと過ごしたことを胸に頑張ります。将来しっかりした子になるように育てていこうと思います。応援よろしくお願いします。僕も近くで試合がある時は応援に行きます。ありがとうございました。


松尾 祐里
4年間ありがとうございました。お忙しい中、このような機会を設けていただきありがとうございます。私は競技面で教えられることはありませんが、私が4年間続けていたことを伝えます。それは集合の時の話をしっかりと聞くことです。皆それぞれ違う目標を持っていると思うが、その目標を達成するために集合の時の話を実践することが大切です。私はたまたま運が向いたおかげで全日本インカレに出場できました。北日本インカレで優勝候補がたまたま棄権したことで優勝できました。川本先生の話にもあったように、神は細部に宿ると言います。自分に運が向いたことのきっかけは、トイレ掃除など、小さな自分にできることをしたことだと思います。誰かが見てる見ていないに関わらず、周りを見て自分にできることをしっかりすれば、自分に返ってきます。小さなことでも人に言われたことを大切にしましょう。社会に出たらこういうことはないので、今を大切にして欲しいです。また、周りの協力を得て時間を過ごして欲しいです。最後に、川本先生、二瓶先生、真希子さん、菊田先生、今まで色々なことを言っていただいた、指導していただいたにもかかわらず、何も残せずすみません。これからはOB会として、言葉などの漠然としたものではなく、しっかりとした形のあるもので恩返しをしたいと思います。


山本 崚介
僕は自分の経験を踏まえて伝えたいことを言いたいと思います。高校時代は県の予選でも勝てない人で、そのレベルで入部しました。福島大学陸上部は強いので不安でしたが、入部してみると、同期のみんなも全国で活躍している強い人ばっかりで不安と劣等感でスタートしました。しかし、接していると、みんな優しくて劣等感もなくこんな自分でもチームの一員として受け入れてくれました。しかし、このままではいけない、意識の高いチームでやっていくうちに自分も高い目標になりました。東北インカレもまともに勝てなかったですが、レースで勝ちたいで勝ちたいと思う4年間からレースの送り出してくれるみんなの期待に答えたいという価値観に変わった4年間でした。環境というものは必要で、意識が高い集団なら自然と目標も高くなりますが、意識が低ければ流されてしまいます。僕たちの代は怒られてばかりの4年間でしたが、僕らの背中を見てきてくれた中で、悪い所はマネをせずに、福島大学の伝統の重み、先輩から受け継いだ事をちゃんと伝えることができたか、壊してしまっていないか心配ですが、繋いでいってほしいです。川本先生、二瓶先生には4年間で沢山の迷惑をかけてしまいましたが、見捨てずにご指導をしていただきありがとうございました。特に真希子さんには男子コーチとして練習でアドバイスをしていただきました。宮城の合宿で一緒に世界陸上を見て、陸上三昧だったのは大切な思い出になりました。同級生のみんながいたから、後輩もみんなついてきてくれて感謝しています。4月からは南相馬の市役所で復興に関わろうと思っています。陸上はロードレースで続けるので、みんなにお会いすることもあると思います。その時は気軽に声をかけてください。ありがとうございました。


●渡部 大雅
こんにちは。後輩の皆さんに聞きたいことがあります。皆さんは、今陸上を楽しんでいますか?僕は陸上4年間を思い返してみても、楽しかったことはあまりないです。一年の時、同じ学年の人が優勝したり、全カレに行ったり、自分の先を行ったりして着実に前に進んでいるのを見て悔しかった思いがあります。僕はその悔しい思いを4年間感じ続けました。4年目は、特に自分が悪かったと思います。どうしようもないんだと、ふてくされてしまいました。そんな気持ちで陸上を楽しめるわけもなく、大会で貢献できるわけもなかったです。常に自分は陸上部にいるべきじゃないんじゃないかと考えていました。僕は答えが出せないまま最後まで来てしまいました。悩んでいる間は答えは出せません。考えるというのは、行動を起こした後に出てくるものです。僕は、ずっとやる気がなかったわけではなくて、具体的なことを実行できませんでした。ここが自分のダメな所だと思っています。いい方向に転がしていくには、行動するしかありません。みんな最初は陸上が好きで入ったと思います。だからこそ楽しめなかったらいる意味がありません。陸上は他にしなくてもいい苦労があります。自分もですが、楽しめる時が来るまで、その苦労をしてほしいと思います。そして、仲間を大切にしてほしいと思います。問題を起こすこともあり、周りにたくさん迷惑をかけてしまうこともありました。もっと周りに相談していれば良かったなと思っています。人に頼るのは悪いことじゃありません。僕は頼るべき時に頼れませんでした。4年生にはありがとうという気持ちよりもごめんなさいの気持ちの方が強いです。人に頼るにもうまい下手があります。人に頼ることは悪いことじゃないし、恥ずかしいことじゃありじゃありません。この陸上をやってきた4年間は、良いことも悪いこともありましたが、いい経験になったと思います。皆さんも、頑張ってください、というまでもなく、頑張っていると思いますが、これからは、それぞれの場所で戦っていく戦友として一緒に戦っていきましょう。今まで本当にありがとうございました。